時代を越えて愛され続ける擬洋風学校
旧中込学校は、明治8年(1875)に建築された、現存する擬洋風学校(日本人が洋風の建物を見本にして建てた学校)の中で、最も古いものの一つです。その貴重さが評価されて、昭和44年(1969)に重要文化財に指定されました。また校舎が建っている場所が建築当時から変わっていないことから、国史跡にも指定されています。
設計・建築は、明治2年(1869)から4年間米国で西洋建築を学んだ地元出身の大工・市川代治郎が行いました。帰国後、地元で学校建築の動きがあり、代治郎は仲間の大工と協力してわずか8ヶ月というスピード工事で、この校舎を完成させました。
建物は、洋風の要素を取り入れた和洋折衷の造りになっており、当時では珍しいステンドグラス(当時は色付きのガラスではなく、透明なガラスにペンキを塗りステンドグラスに見せていた)を用いたことから、人々に「ギヤマン学校」と呼ばれ親しまれていました。中央の八角塔は「太鼓楼」とも呼ばれ、上から吊るされた太鼓を叩くことで、チャイムとしての役割を果たすとともに、周りの家々に時間を知らせていました。太鼓楼の天井には方位図が描かれ、そこには外国の地名も記されており、子供たちへ世界に目をむけてほしいという願いが込められています。建築費用のほとんどが地元の人々からの寄付で賄われており、当時の村民の、子供たちへの教育に対する情熱がうかがえます。
令和7年には竣工150周年を迎え、今なお地域の人々から愛されている学校です。





















































